Thursday, December 19, 2019

12.19 。



汁に感謝

ダシ汁や、それを使った調味汁に物をつけたり、くぐらせたり、浸したりして食べる食法は、わが日本に多くの例が見られる。

まず蕎麦。
箸ではさみ上げたら、その三分の一か、半分程度を汁につけ、一気に口ですすり込む。
すると、蕎麦特有のかすかな甘みと素朴なにおいの中に、つけ汁のダシやしょうゆうまみ、鰹節や薬味の香りなどが口中に充満して、自然に箸は再び蕎麦に行く。
蕎麦本来の風味は「モリ」にあるのは当然としても、いくらその蕎麦が絶品であろうととも、つけ汁がダメなら意味がない。
だから、名代の蕎麦屋は、いつも蕎麦粉とともに、つけ汁の加減には最も神経を使う。
蕎麦つゆの定式は、みりんとしょうゆに砂糖を加え、煮立てたものを「本返し」(カラ汁ともいう)と名付け、蕎麦屋は常にこれを常備し、随時、鰹節の煮出し汁と調合する。
上等のつゆは、一番ダシだけで行い、二番ダシは種もの(てんぷらや油揚げなど)を煮るのに使う。
薬味はおろし大根、刻みネギ、山葵、七味唐辛子などと決まっている。
汁につけて食べる麺といえば、蕎麦と並ぶのが素麺と冷麦。素麺のつけ汁は、蕎麦と同じではいけなく、それより淡白の方がよい。
鰹節のダシ汁に酒少々と塩で調味し、砂糖は使わず、しょうゆは色付け程度の吸い加減にしたのが用いられる。薬味には茗荷やネギのみじん切り、おろし生姜、ねり山葵などを添える。冷麦には、今度は蕎麦つゆよりややカラ目とし、ネギや溶かした辛子を添える。
このように、同じ日本の麺でも、種類によって、つけ汁味の濃淡や薬味の種類がガラリと変わるこまやかさには感心させられる。よりおいしく麺を食べようとする長い間の知恵と工夫が素晴らしいつけ汁を生んだのであろう。
麺類だけではない。てんぷらも「天つゆ」くぐらせてから食べる。ふつう、天つゆと呼ばれる割り醤油は、その大体がきまっている。
酒とみりんを等量合わせ、合わせたのと同量のしょうゆを加え、さらにその合わせたのと同量の煮ダシを合わせる。すなわち酒一、みりん一、しょうゆ二、ダシ汁四の割合で、あるいはここに適宜に砂糖を加え、さっと煮冷まして用いる。これにたっぷりのおろし大根と、おろし生姜を添えるのを定式とする。

湯豆腐には、しょうゆ七・酒三の割合で合わせて壺に入れ、つけ汁とする。
薬味には花鰹、刻みネギ、あるいは好みで七味唐辛子を一緒の器に混ぜて入れておくと、風味が融合して大変よい。冷奴のつけ汁は生醤油少量の酒を割り、これに花鰹を添え、薬味におろし生姜、ネギ、青紫蘇などを付ける。


日本にはほかにもさまざまな料理に、このようなつけ汁を用いて楽しむ食法がある。
しかしこれらの食し方の裏には、それぞれに、理にかなった知恵があることを知るべきである。

蕎麦の持つ味とかすかなにおい、そして歯に当たる感触をそのまま生かすには、煮込むことよりも、つけ汁につけて、持ち味を存分に味わう方がよいはいうまでもない。
また素麺や冷麦を例にしても、あの特有の口当たりとのど越しの快感さを味わうには、つけ汁法が最もよいのである。
てんぷらに至っては、そのまま食べたのでは口中、油だらけになる上に、しつこすぎる。
それを美味に、あっさりした感覚で食べるには、天つゆが大きな役割を果たしてくれる。
このようにつけ汁やつゆものを見ただけでも、淡白さを好む日本人の食法の上手さをかいま見ることができるのである。

「食に知恵あり」小泉武夫 著